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2023/06/24

ラブアース報告

ラブアース報告
野多目校区では6月のラブアース月間に合わせて各町内会で清掃活動が実施されました。今回一部ですがその時の様子をお伝えいたします。
【1】レークヒルズ野多目町内会
レークヒルズではバス通りを中心に清掃活動を実施しました。
植込みのゴミを集めました



参加賞をいただきました

雑草などを抜きました

6番館前の様子です

【2】向新町2丁目1区町内会
都市高速野多目ランプ下り口の清掃をしました。




【3】野多目2丁目町内会
野多目2丁目には沢山の公園がありますので、公園の清掃をしました。
郵便局近くの公園です。

草刈りをしました



公民館横の公園です。

【4】和田2丁目町内会
がんセンター裏、野多目北公園を中心に清掃しました。



野多目北公園入口の様子です


皆様、大変お疲れ様でした!

レークヒルズ野多目町内会
向新町2丁目1区町内会
野多目2丁目町内会
和田2丁目町内会

2022/03/26

和田2丁目の赤色点滅信号機廃止!

和田2丁目の赤色点滅信号機廃止!
野多目校区和田2丁目にあった「赤色点滅信号」が廃止され、優先道路が変更となっていますので、車で通られる際はご注意ください。

Before(ビフォー:変更前)
従来は和田2丁目側より下ってくるラインが優先でした。
交差点から和田2丁目方向を臨む(変更前)

レークヒルズ側より交差点に下ってきたところ(変更前)

After(アフター:変更後)
赤点滅信号が廃止されレークヒルズ側より下ってくるラインが優先となり、和田2丁目側に一時停止ラインが追加されました!
交差点から和田2丁目方向を臨む(変更後)

交通安全推進委員会

2018/12/02

和田2丁目クリスマス会開催されました!
2018年12月2日(日)10:00~ 和田ふれあいセンターで
クリスマス会が開催されました。子ども54名、大人21名が参加、楽しい時間を過ごしました!
◆クリスマスリースを作りました!
おかあさん、お父さんと一緒にリースを作製しました!

◆ビンゴゲームとじゃんけんゲームしました!
6年生のリーダー主導で、ビンゴゲームの後、じゃんけんゲームにサンタさん登場!
サンタさんとじゃんけんして勝った子に賞品が渡されました!

◆綿菓子のプレゼント!
おわりにサンタ袋からわたがしを全員に渡しました!
みんな喜んでました🎵

綿菓子はサンタさんの永安子ども会会長が作っていました!
和田2丁目の子ども達です!



和田2丁目町内会

2018/03/23

野多目歴史散歩⑥
野多目は古くからの土地 -江戸時代の野多目ー

この「野多目歴史散歩」では、私たちがまだ知らない郷土の過去を
校区の皆様にご紹介し、私たちの「野多目」に対する理解を深めたいと考えています。調査・検討をしながらの掲載となりますので、ブログへの掲載は不定期となりますが、継続して皆様へお届けしたいと考えています。
ここまでの、平安時代の野多目から更に時代がぐっと進みます。平安→鎌倉→室町→安土桃山→江戸。今からおおよそ370年前の野多目はどんな様子だったのでしょうか?
【7】野多目のルーツは…がんセンターあたり
青柳 種信(あおやぎ たねのぶ:江戸時代後期の国学者 福岡藩士)作成の福岡藩公式の郷土史「筑前国続風土記拾遺(ちくぜんのくにしょくふどきしゅうい)」 によれば、江戸時代に入ってすぐの正保元年(1644年)に現在の場所に移すとあり、その際に同時に照天神社も現在の位置に移されたとあります。村が移った場所は、照天神社の下側から旧公民館、野多目小学校一帯(現在の野多目2丁目、野多目4丁目)と言われています。
元の村は現在の場所から寅の方向(東北東)へ三町(約327m)余りの所に位置していたと記されていますので、現在のがんセンター東付近(和田2付近)で「古村(ふるむら)」と言われていたそうです。野多目村の中世までのルーツはこの「古村(ふるむら)」に有ったわけです。

造成中のがんセンター新駐車場(新病院より東側を望む)



















野多目校区自治協議会
野多目2丁目町内会
野多目4丁目町内会
和田2丁目町内会

2018/02/04

野多目歴史散歩③
野多目は古くからの土地 -のためは遺跡の宝庫ー
この「野多目歴史散歩」では、私たちがまだ知らない郷土の過去を校区の皆様にご紹介し、私たちの「野多目」に対する理解を深めたいと考えています。調査・検討をしながらの掲載となりますので、ブログへの掲載は不定期となりますが、継続して皆様へお届けしたいと考えています。
【4】和田B遺跡(わだビーいせき)
がんセンターの北西側に位置し、現在はレークヒルズ野多目と戸建て住宅が密集している地域ですが、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代の各時代の遺跡から、食物貯蔵穴や動物を捕獲した落とし穴などが発見されました。この一帯は那珂川から少し離れた小高い丘陵地帯であり、洪水の危険もなく雑木の生い茂った森林で、狩りや木の実探しの格好の場所だったのではないかと思われます。住居に適しており、長い年月にわたって集落が形成されてきたと考えられています。


レークヒルズ建設前発掘エリア(右下レークサイド野多目)
発掘の様子です。

人の足跡が残っていました。

獣の足跡も残っていました。
<参考文献>
・福岡市埋蔵文化財調査報告書第572集  和田B遺跡Ⅱ  1998福岡市教育委員会

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